上告受理申立理由書

 法の谷間にある非正規公務員。蔓延する官製ワーキングプアの問題を、最高裁が真摯に受け止めて判断されますように。格差是正に向けて、司法が真価を発揮する一歩を踏み出されますように。

 

平成27年(ネ受)第534号 上告受理申立て事件

申立人 時任玲子

相手方 国

 

上告受理申立理由書

 

平成28年1月26日

 

最高裁判所 御中

 

 

上告受理申立人代理人弁護士   有   村   と く 子

 

   同  弁護士   河   村       学

 

   同  弁護士   中   西       基

 

   同  弁護士   髙   坂   明   奈

 

第1 はじめに 

 本件は、民事訴訟法318条第1項所定の「原判決に最高裁判所の判例と相反する判断がある事件その他の法令の解釈に関する重要な事項を含むものと認められる事件」に該当するから、上告審として事件を受理されるべきである。

 原判決は、公勤務における労働者と国との法律関係である「任用」の法的性質を「いわゆる行政処分であって、私企業における雇用契約に基づく雇用とは性質が異なる上、法令に基づいて行われなければならず、法令に定められた任用方法の例外を認める余地はないと解するのが相当」であるとし、また、「控訴人についても大阪大学事件判決の判示が妥当する」として(判決書16頁)、申立人が民間労働者であればいわゆる雇止めとして解雇権濫用法理の類推適用で救済され得たにもかかわらず、公務員非正規労働者であるとの理由のみによって法的保護の埒外に置いた。

 原判決は、上記のように、公務員の勤務関係を行政処分であると解釈し、行政処分である以上は法令に定められた任用方法の例外を認める余地はないとの論法を頑なに採用している。しかし、公務員もまた憲法上の「労働者」(憲法28条)である以上、民間労働者に比べてその地位の安定性において、制度上、合理的な理由なき格差が存在することに敢えて目を瞑り、官民労働者の処遇格差を放置することは許されない。

 

第2 公務員勤務関係の法的性格についての解釈に重大な誤りがあること

1 公法私法二元論が生み出す問題状況

   公務員非正規労働者は、著しく不安定かつ劣悪な労働条件のもとで働かざるを得ない状況に置かれているのみならず、判例上積み上げられてきた解雇権濫用法理等の救済法理の埒外に追いやられているために、生存権すら脅かされた中での生活を強いられている。本来公務員制度は、公務員労働者の地位を保障し、もって国民に対し、安定的な公務を展開できるように形成されてきたものである。

しかし、今日の「官製ワーキングプア」問題に見られるように、公務員非正規労働者は、「公務員」であるがゆえに、労働者として保護されず過酷な状況に置かれるという、公務員制度とその法理が目指していたことと真逆の状況を作り出してしまっている。

司法の役割が憲法上保障された権利の保護である以上、公務員非正規労働者をその過酷な状況から救済する法令の解釈を行ってこそ、その真価を発揮するものと言える。

公務員の勤務関係についても、公務員労働者との関係では、その労働力を取り入れ、行政業務を行うという点においては、一般企業が労働者の労働力を取り入れ企業業務を展開するという実態となんら変わらない。展開される業務が「行政」であることから一般私企業の労働関係とは異なる法的枠組みが適用されるに過ぎない。その意味で公務員法は、公務員労働関係、すなわち、行政主体が労働者を採用し、これを指揮命令して働かせ、行政目的を達成するための法的枠組みと捉えることができる。そうすると、公務員勤務関係は「労働力利用関係」であることを前提に、行政目的実現に必要な限度で、特殊な法的規制下に置かれるものであり、従って、その法的規制は、その限度で正当化されるものである。

このような視点から公務員勤務関係の法的性格を捉えたとき、私的自治を前提とする私法上の労働契約関係とは「自ずから差異がある」とする公法私法二元論は、その差異があることについて何らの根拠を示したことにならない。

私法上の労働契約関係においては、使用者の明示の意思に反しても解雇権濫用法理の類推適用によって雇用継続を義務付ける裁判所が、公務員労働者に対しては、当然の如く法的保護の対象外に置くことにはなんらの合理性もない。

 

2 任用行為の法的性格-「任意の同意」に基づく「契約」-

公務員労働関係の出発点をなす「任用行為」の法的性格は、当事者の「任意の同意に基づく関係」であり、「相手方の同意を要する行政行為」であると解されている。任意の同意に基づいて形成される当事者間の関係は、まさに「契約」である。

行政主体は、行政という業務を遂行するために、その業務を担う労働力(労働者)を募集する。労働者はそれに応募し、行政主体は、その業務を担うに足る能力を有すると判断した労働者を採用し、有機的に組織化された業務に配置する、という経緯をもって公務員労働関係は形成される。大日本印刷事件の最高裁判決(最二小判昭54.7.20民集33巻5号582頁)は、企業による募集は「契約の誘引」、それに対する学生の応募は「契約の申し込み」、そして、企業による採用の意思表示はその申し込みに対する「承諾の意思表示」であり、これをもって労働契約関係は成立するものとした。これに即してみれば、公務員の任用過程も、募集(契約の誘引)、労働者の応募(契約の申し込み)、それに対する任命権者の採用の決定(任用)という形で展開されるものであり、1つの契約関係として捉えられるべきものである。

すなわち、「任用行為」とは、「任命権者の、労働契約関係を成立させる意思表示」として捉えられるものである。そうすると、公務員労働関係は、本質的には、民間の労働関係と同様に、契約関係であって、労働関係の特性(一定の行政目的を有する)に基づき一般私企業の労働関係とは異なる法的枠組み、すなわち公法的規制が適用されるにすぎないのである。

公務員労働関係を契約関係として捉え、法制度化するのは、世界の大勢である。というのも、「労働に従事する(労務提供)」という行為は、個人の意思に基づいた、主体的行動である。そして、近代の民主主義社会においては、個人は、自己の意思に基づかずしてそのような主体的行動を強制されることはない(強制労働の禁止)というのが、近代の民主主義社会の基礎をなす大原則である。したがって、犯罪行為者に対する拘束・収監、伝染病罹患者の隔離等、特定の場合を除けば、個人が他人の指揮命令下に労働に従事することを強制されるなどということは、絶対的に、あり得ないことであり、たとえ、国家といえども、個人に対し、それを強制することはできないのである。そして、他人の指揮命令下での労働への従事という事態は、唯一、当該個人が「同意した」場合についてのみ、可能となる事態なのである。それ故に、市民社会の原則(個人の主体性の尊重)に立つ民主主義国家である限り、たとえ、国家といえども、労働者の同意(契約)に基づいてのみ、当該個人を国家組織のうちに組み入れ、それを指揮命令して国家業務を展開するという仕組みにならざるを得ないからである。

 

3 合理的意思解釈と法の一般原則による補充

公務員労働関係に対する公法的規制を法令によってどのように規律するかは立法政策の問題であり、積極的には規律しないが明確に禁止もしない(立法者の沈黙ないし法の欠缺)ということもある。このような場合に、当該公務員労働関係をどのような法律関係と解するのかにあたっては、当事者間の合理的な意思解釈によって決するしかない。また、当該公務員労働関係において発生した紛争を解決するにあたっては、法の一般原則(信義則、権利濫用の禁止、均衡の原則など)に立ち返って考えるしかない。

そして、人事院規則8-12第42条1項(改正前の人事院規則8-12第15条の2)は、「臨時的任用及び併任の場合を除き、恒常的に置く必要がある官職に充てるべき常勤の職員を任期を定めて任命してはならない」と規定している。

ところが、現実には、恒常的に置く必要がある官職に充てるべき常勤の職員であるにもかかわらず、形式的には、任期を定めて任命される職員が多数存在していることは公知の事実である。公共職業安定所(ハローワーク)における「相談員」は、その大多数が、常勤の職員と同じフルタイムの勤務時間で、かつ、担当している相談業務は公共職業安定所における恒常的な業務である。にもかかわらず、形式的には、「非常勤職員」と呼称される非正規公務員が多数任命されているのが実態である。

このように恒常的に置く必要がある公共職業安定所(ハローワーク)の「相談員」に充てるために任命され、実態としてフルタイムで勤務している「非常勤職員」について、その法律関係をどのように理解すればよいか。本件では、この点がまさに問題となっているのである。これは、いわば法の欠缺というべき事態なのであるから、その法律関係については、当事者間の合理的な意思解釈によって決するしかない。

そうすると、恒常的な相談業務に従事するべく、専門的な知識やスキルを求められて、任命されている「相談員」は、形式的には任期を定められてはいるものの、再任用しないことについて正当な理由がない限りは、任期満了後も継続的に更新されていくことが当然の前提となると考えられる。それが当事者間の合理的な意思に他ならない。

このように更新を前提とした任期付き任用と解される場合には、再任用しないことについて正当な理由がない限りは任用が更新されるであろうとの期待は合理的であり、その合理的な期待は法的にも保護されなければならない。

したがって、更新を前提とした任期付き任用と解される場合であるにもかかわらず、正当な理由なく、更新・再任用せずに雇止めをした場合には、任命権者は、当該公務員の合理的期待を裏切ったことについて、損害賠償の責任を負う。

 

4 申立人の更新への期待が保護されるべきこと

申立人と相手方との任用関係も、その法的性質は契約関係であり、相手方による「職業相談員」の募集に対する応募に基づき、適性検査を経て、相手方に採用され茨木所への配属・就労という展開を持って形成された契約的関係として把握されるべきである。

そして、申立人が従事した公共職業安定所(ハローワーク)における恒常的かつ基幹的な相談業務であったこと、セミナーや研修の講師をも担当するなど業務内容の専門性や非代替性が高かったこと、上司から「よくやっている」「頑張っている」などの言葉が随時掛けられてきたこと、キャリアコンサルタントの資格取得を勧められ実際に同資格を取得していること、平成14年4月から平成23年3月まで繰り返し更新されてきたこと、その間に申立人の勤務態度や勤務状況、勤務成績等について問題点を指摘されたことはなかったこと等の事情からすれば、申立人として平成23年4月以降も引き続き任用が更新されるものと期待することは合理的であり、その期待は法的に保護されるべきである。

他方で、原判決の事実認定によっても、申立人を再任用しないことについての正当な理由は何もないのであるから、申立人の更新への期待を裏切ったことについて、相手方としては損害賠償責任を免れない。

 

第3 大阪大学事件の最高裁判決に相反すること

1 原判決の判示

   原判決は、「控訴人が従事していた相談員(任期付き公務員)の任用関係は、大阪大学事件判決における任期付き公務員と同様、私企業における労働者とは異なり、(略)相談員(任期付き公務員)であった控訴人にも大阪大学事件の判示が妥当すると解するのが相当である」と判示する。

 

2 本件は大阪大学事件最高裁判決の射程外である

   しかし、大阪大学事件の最高裁判決は、本件のように国家公務員法の趣旨に抵触するような任期付き公務員のケースは射程外であるというべきである。

すなわち、国家公務員法は、職員の身分を保障し、職員をして安んじて自己の職務に専念させる趣旨から、職員の任用を原則として無期限のものとしている。任期付きの任用は、特段の事情が存在し、かつ、かかる法の趣旨に反しないものでなければ、そもそも許容されない(東郷小学校事件・最三小判昭38.4.2民集17巻3号435頁)。

大阪大学事件は、この判断を前提に、当該事案について、①任期満了により当然に退職する職員として任用されていたこと、②常勤職員の定数を増加させることは実際上困難であったこと、③特別の習熟、知識、技術又は経験を必要としない代替的業務であったこと、という事実関係のもとでは、日々雇用職員として任用したことが、職員の任用を原則として無期限とした国家公務員法の趣旨には反しないし、東郷小学校事件最判にも抵触しないとしたものである。

ところが、本件は、特別の習熟、知識又は経験を必要とし、代替的とはいえない公共職業安定所(ハローワーク)の相談業務に従事する「相談員」であるにもかかわらず、形式的には任期を定めて任用していたという事案であって、大阪大学事件とは事案を大きく異にする。

また、大阪大学事件の事案では、当該職員には、任用継続への合理的な期待があったものとは認められない事案であったが、本件は、既述のとおり、申立人については更新・再任用について合理的な期待が認められる事案であって、やはり大阪大学事件とは事案を異にしている。

このような事案の場合、大阪大学事件最高裁判決とは異なり、公務員の任用継続に対する期待権を保護することにより公務員の身分保障を図らなければ、国家公務員法の趣旨に反する事態が生じてしまうというべきである。原判決は、このような事案の相違を捨象して、ただ漫然と大阪大学事件最高裁判決の判示を引用するものであって、同最高裁判決に相反する。

 

第4 結語

 以上のとおり、原判決は、公務員の勤務関係の法的性格についての解釈を誤り、大阪大学事件最高裁判決の事案とは異なる事案である本件について同判決の枠組みをあてはめ、申立人に任用継続の合理的期待があったか否かについては何ら判断をしなかった。

 それゆえ本件は、民事訴訟法318条1項に該当し、上告審として事件を受理されたい。

 

                                 以 上